前回は英雄の弱点を象徴する「アキレス腱」についてお話ししましたが、第2回となる今回は、現代社会でも頻繁に耳にする心理学用語「ナルシシズム(Narcissism:自己愛)」のルーツを紐解いていきます。

この言葉の背後には、美しさゆえの悲劇を描いた、ギリシャ神話の中でも特に有名な美少年の物語が隠されています。

1. 美少年ナルキッソスの悲劇

「ナルシシズム」の語源となったのは、ギリシャ神話に登場する美少年ナルキッソスです。

彼はあまりの美しさゆえに、多くの人々や妖精から恋心を寄せられていましたが、傲慢なまでに誰の愛も受け入れませんでした。

その報いとして、彼は神の怒りに触れ、「自分だけを愛する」という呪いをかけられてしまったのです。

ある日、ナルキッソスは喉の渇きを癒そうと立ち寄った泉で、水面に映る自分自身の姿に目を奪われそれが自分だとは気づかず、あまりの美しさに激しい恋に落ちた彼は、その場を離れることができなくなり、やがて衰弱して死を迎えてしまいました。

彼が亡くなった後、その場所にはうつむいて咲く美しい花、「水仙(ナルキッスス)」が残ったとされています。

2. なぜ「自己愛」が「病」の象徴となったのか

心理学の分野において、この物語は単なる伝説ではありません。

◎精神分析的視点: ナルシシズムは、健全な自己肯定感と区別され、過度な賞賛への欲求や、共感性の欠如といった状態を指す用語として確立されました。

◎神話の教訓: 自分を客観視できず、内面の世界に閉じこもることは、神話のナルキッソスのように「真の交流」を失うことにつながるという、古代ギリシャ人が抱いた人間性への洞察が込められています。

3. 切手が伝える神話の世界

1958年にギリシャで発行された「神話切手」には、この物語の核心が刻まれています。


ギリシャナルシス.


図案の背景: 水面を覗き込むナルキッソスの姿と、その傍らに咲く水仙が描かれています。

芸術と医学の交差点: 神話の物語を美術として昇華させたこの切手は、自己愛という現代の医学・心理学的課題が、いかに古くからの人間の業(ごう)に基づいているかを視覚的に伝えています。