スズメは西はポルトガルから東は日本までユーラシア大陸の広い範囲に分布しています。
最近スズメをとんと見なくなったと思いませんか?
スズメの生息数を全国レベルで推計調査した人がいて、最近20年足らずで最大80%、半世紀前との比較では90%も減少し、1800万羽の生息数にとどまるという報告があります。
スズメは、本来は軒下の隙間などを利用して巣を作る傾向にありますが、近年の住宅はそうした隙間がなくなっているので巣を作ることでできなくなり子育てができず減少した。
かつては沢山餌が取れたが、虫たちがいなくなり餌が少なくなり子育てがうまくいっていない
外来種の鳥に捕食された。
等色々の説が囁かれていますが、いずれも根拠がありません。
このままでは日本のスズメは絶滅危惧種となってしまう可能性があります。
スズメがいなくなると害虫が増え農薬を多く使うようになると危惧されています。
スズメがいなくなり大変なことが起きた事例を以下に紹介します。
1950年代、毛沢東(1893~1976)に率いられた中華人民共和国において、害虫・害獣を駆除する運動により、米を食べることで知られていたスズメが大量に殺害された結果大飢饉が発生しています。
毛沢東の四害(ネズミ、スズメ、ハエ、蚊)を7年以内に基本的に退治せよ、という「除四害」の通達が出され、その一環としての北京市あげてのスズメ退治が行われました。
これら「四害」とは、穀物を食い荒らしたり伝染病流行の媒体となるので退治しようという運動で、米を食べることで知られていたスズメが大量に殺害されることになります。
その当時北京のポーランド大使館はスズメの殺処分を拒否し、残ったスズメの避難所となっていたことが知られていて、スズメを守るために中国人の大使館内立ち入りを拒否したポーランド大使館でしたが、中国人は大使館を取り囲み、2日間にわたり太鼓を打ち鳴らしてスズメを死に追いやったというエピソードも語られています。
当初、毛沢東にとって、四害駆除運動は効率よく機能しているように思えていました。
毛沢東はスズメ1羽につき年間4kgの米を節約できたと確信していましたが、実際は稲作にとってさらに破壊的な生態学的問題を引き起こしていたことを知る由もありませんでした。
スズメは農作物に害を与えるイナゴを含む多くの昆虫を捕食する益鳥で、捕食者であるスズメを排除することは、蝗害(こうがい)を招くことに他ならず、やがて中国に壊滅的な打撃を与えることになりました。
これに気付いた時には既に遅くもはや手遅れでした。
害虫を食べるスズメがほとんどいなくなったため、個体数が急増したワタリバッタは国中を襲い、大躍進政策によってすでに引き起こされ、広範囲にわたる森林伐採や毒物や農薬の誤用などの生態学的問題をますます悪化させることになります。
作物を食い荒らす害虫の増加により作物不足が大飢饉を引き起こすことになったわけです。
一度壊れた生態学的な不均衡は、もとに戻すことは難しく、発生した飢饉によって1500万から4500万人が飢餓で亡くなった中華人民共和国大飢饉をさらに悪化させたと考えられています。
中国政府は最終的に、ソビエト連邦から25万羽のスズメを輸入して、個体数を補充する羽目になります。
この様な生態系を壊すことだけは決してしてはいけないことです。
【参考文献】
『スズメ』
切手は2002年リトアニア発行の「鳥切手」で、イエスズメが描かれています。
切手は2006年ベラルーシ発行の「ベラルーシの庭の小鳥切手」の中の一枚で、スズメが描かれています。
切手は2017年ブルガリア発行の「スズメ切手」の中の一枚で、イエスズメが描かれています。
ハガキは2007年日本発行の「50円官製はがき」で、イエスズメが描かれています。
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