アレキサンダー大王(B.C.356~B.C.323,在位、B.C.336~B.C.323)とは、マケドニアの王で、大遠征(ギリシャ→ペルシャ・エジプト→インダス川流域)を行い大帝国を建設した人物です。
※アレキサンダー大王の正式名はアレクサンドロス3世で、アレクサンドロス大王ともアレキサンダー大王とも呼ばれています※
彼の強さは世界で最初に「騎兵の運用」を確立し、「近代戦術」を完成したことにあり、後のカルタゴのハンニバルやローマのスキピオ・アフリカヌスに影響を与えます。
彼は各地に,アレクサンドリアと名づけた多くの都市を建設し,ギリシャ世界とオリエント世界のあいだで人種や文化の一体化を成し遂げました。
彼はB.C323年6月10日の夜の祝宴中に倒れ、10日間高熱に浮かされ33歳の若さでこの世を去りました。
彼の死因は、従来はマラリア説が有力でしたが、周期的な発熱や、黒い尿が出る等のマラリア特有の記録がないことから、最近ではウエストナイルウイルスの感染によって引き起こされたウエストナイル脳炎で死亡したとされています。
その根拠としては、アレキサンダー大王が病気になる少し前、飛んでいる鳥の突然の死を目撃していることや、彼が病気にかかった後の下半身麻痺などの特徴が、ウエストナイル熱/ウエストナイル脳炎に該当することから、彼の死因はウエストナイルウイルスの感染によって引き起こされたウエストナイル脳炎で死亡したとの説が最有力となっています。
切手は1968年ギリシャ発行の「ギリシャ文明切手」の中の一枚で、愛馬ブケパロスに騎乗したアレキサンダー大王が描かれています。
切手は1994年マダガスカル発行で、愛馬ブケパロスに騎乗したアレキサンダー大王が描かれています。
【アレキサンダー大王の愛馬ブケパロス】
大きな黒い馬で、馬の額にある毛模様が牛の角の形であったことからブケパロスと呼ばれた。
紀元前326年、アレキサンダーとポロス王の軍がぶつかったヒュダスペス河畔の戦いにて、ブケパロスは戦死しますが、戦いに勝利したアレキサンダーは、愛馬を丁寧に埋葬し、この地に築いた新都市アレクサンドリアをブケパロスにちなんで「アレクサンドリア・ブケパロスと名付けます。
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