1940年から1945年にかけてドイツが占領下においた現在のポーランド南部オシフィエンチム市郊外に作られた、強制的な収容が可能な施設群の総称です。

アウシュビッツは、火葬場、絶滅収容所、および強制労働収容所がある強制収容所の集合体でした。

ナチスドイツが第二次世界大戦中に国家を挙げて推進した人種差別による絶滅政策および強制労働により、最大級の犠牲者を出した強制収容所で収容者の90%がユダヤ人で、ここで虐殺された人は150万人とされています。

1945年1月27日ソ連軍がアウシュビッツ強制収容所を解放しています。

ここでホロコースト否認について述べたいと思います。

ホロコースト否認とは、ナチス・ドイツが行ったユダヤ人の組織的虐殺である「ホロコースト」の一部もしくは全体を否認する主張(なかった)することで、これを唱える人々を"ホロコースト否認論者"と呼びます。

"ホロコースト否認論者"たちは、ホロコーストはなかったと主張し、強制収容所は存在していなくて、ガス室もなく、ユダヤ人虐殺もなかったと主張しています。

"ホロコースト否認論者"たちは、ユダヤ人はドイツから多額の賠償金を得るため、そしてイスラエルの建国を正当化するために「ホロコースト伝説」を必要としたとも主張し、それぞれの利害のためにホロコーストを利用する第二次世界大戦の戦勝国、ユダヤ人、そしてイスラエルによる大規模な陰謀とも主張しています。

そしてニュルンベルク国際軍事裁判で提出されたすべての証拠もことごとく否定しています。

※ニュルンベルク国際軍事裁判とは、1945年8月8日の連合国協定に基づきドイツの戦争指導者24人に対して行った裁判で、ドイツのバイエルン州北部の都市ニュルンベルクで開廷された米英仏ソ四カ国による国際軍事裁判※

※狭義の戦争犯罪に留まらず、"平和に対する罪"・"人道に対する罪"を含む広義の戦争犯罪規範が、侵略戦争の計画準備遂行やホロコースト犯罪に適応され、22名の被告中絞首刑12名を含む19名に有罪判決が下された※

当然のことながら、"ホロコースト否認論者"たちは、歴史的事件の証拠を無視し、ホロコースト全体の実在性を否定しています。

米国では憲法修正第1項で言論の自由が保障されていて、ホロコーストを否定することやナチスと反ユダヤ主義の憎悪論を展開することは違法ではありません。

しかしドイツやフランスなどのヨーロッパ諸国では、ホロコーストの否定は犯罪で、ナチスとネオナチの出版は禁止されています。

当然のことながら日本においては憲法で言論・出版の自由は保証されていますから、ロコーストを否定したり、ナチスとネオナチの出版しても処罰されません。

否定論者は多く存在し、中でもエイズ否定論は特に有名です。

1979年、第一・第二強制収容所の遺構は第二次世界大戦における悲劇の証拠であり後世に語り継ぐべきものとして、ユネスコの世界遺産に登録されました。

切手は1975年ポーランド発行の「アウシュビッツ強制収容所の解放30周年切手」で、アウシュビッツの文字とアウシュビッツ収容所の鎖が断ち切られて解放を表し、解放の年1945年の数字が描かれています。



アウシュビッツ.ポーランド.1975


切手は1995年セントビンセント・グレナディーン発行の「第二次世界大戦記念小型シート」で、シート面中央にアウシュビッツ収容所が描かれています。



セントビンセント・グレナディーンアウシュビッツ.1995


切手は2016年ロシア発行の「国際ニュルンベルク軍事法廷70周年記念小型シート」で、切手には裁判か開かれたホール、シート面には地に左からソ連、イギリス、米国、フランスの国旗、ソ連正判事イオナ・ニキチェンコ(左上)、ソ連主席検事ロマン・ルデンコ(右下)、裁判所と訴訟文書などが描かれています。



ニュルンベルク裁判.2016.ロシア